M&A詐欺に遭わないために

「M&A詐欺に遭った」として法律相談のお問い合わせをいただくことが、近年非常に多くなっています。

実際に、詐欺まがいのものも少なくありません。

買主が被害に遭う典型例として、クロージング後、ふたを開けてみると、当初聞いていた会社の内容と全く違うというケース。

これは本来であれば、表明保障違反の枠内で整理されるはずの類型ですが、売主が当初より詐欺的な目的をもって虚偽の情報を交付しているケースの場合、もはや詐欺的手法と言わざるを得ません。ひどいものでは、会社の二重帳簿を作成していた例もあります。

最近特に多いのは、M&Aプラットフォーム上におけるYouTubeチャンネルの売買に関する相談です。共通しているのは、開設してまだ数か月しか経っておらず実績が乏しいにもかかわらず、「今後の収益予想が良好」との触れ込みで売りに出されている点です。実際に開設直後の数字は良く、買主はそれを信じて契約するに至るのですが、譲渡後に成績が急落する。短期間であれば、業者を使って“見せかけの数字”を作ることも可能であるのかもしれません。結果として、買主は虚偽の実績に騙されたというおそれがあります。
そもそも、フリマやネットショッピングの感覚で事業を売買すること自体の危険性についても別途検討する余地がありますが、今後はM&Aプラットフォーム運営会社の責任も議論されるべきでしょう。

一方で、売主が詐欺に遭う典型例としては、社会問題にもなったいわゆる吸血型M&Aですね。会社のキャッシュに着目して、クロージング後に資金を吸い上げて経営を放棄、売主には多額の経営者保証のみが残るというやつです。仲介会社が買主の信用調査を強化し始めたことから、最近は当事務所へのこの手のご相談も少なくなってきた印象があります。

しかし、キャッシュの吸い上げは、親会社が子会社の資金を一元管理する名目で、キャッシュ・マネジメント・システム(CMS)と呼ばれる手法であり、一般企業でも広く使われています(詳しくは知りませんが、その中でも子会社の口座残高を毎日ゼロにして余剰資金を親会社口座に自動的に吸い上げる方式をゼロ・バランシングというらしいです。)。詐欺と断定するためには、加害者につき、相手方を騙す意思があることの立証が必要ですが、本当にこのシステムを利用してグループ会社全体を回していこうと考えていたものの、経営が稚拙であったがために破綻しただけなのか、当初より欺罔意思をもって当該取引に及んだのか、その境界は、外部からはなかなか見えにくいものです。

また、これは報道ベースとなりますので記事からの推測ですが、自転車操業的にM&Aを繰り返し、財布代わりに子会社の買収を重ねていったと思われるような例もあるようです。もっとも、もしそのような画を描いたのが仲介報酬目当ての仲介会社であるとなると、同仲介会社の責任は世に問われるべきです。当該ストロングバイヤーは、仲介会社によって育成されたともいえるからです。そして、結果として多数の被害者も生まれることになります。

また、最近ちらほら相談を受けるようになっているのは、仲介会社が売主に対して、「企業査定に必要」と称して、銀行口座のキャッシュカードと暗証番号の提出を求めるケースです。これは明らかに詐欺である可能性が高く、振り込め詐欺やマネーロンダリングに使用されれば、売主自身も刑事事件の共犯として重大な責任を問われかねません。

さて、何が言いたいかと言いますと、M&Aトラブルは本来、通常のM&A取引の過程で不幸にも発生してしまった紛争という場面を想定するものなのですが、それらとは別に、最初から犯罪目的でM&A取引を利用するといった態様のM&A詐欺が、M&Aトラブルの亜流として確実に存在するということです。

もっとも、どのような業界であれ、詐欺行為は発現しますので、それ自体は驚くことではないのですが、思いのほか件数が多く、また、M&Aは企業や事業の売買ということから、取り扱う金額が大きいだけに、被害も甚大になりがちです。

中小M&A市場の信頼性や安全性を担保するためには、このようなM&A詐欺は未然に防止する必要があります。なお、言うまでもなく、詐欺に遭った後では、被害の回復は極めて困難です。

それでは、M&A詐欺に遭わないためにはどうすればいいか。

これは結論は明確で、私はいつも申し上げるのですが、契約締結前に、弁護士による契約書チェックを受けることです。上に挙げた全ての例は、事前に弁護士によるリーガルチェックが入っていたならば、被害を未然に防止できた可能性が高いものばかりです。

予防法務というのは、特に日本では軽視されがちです。成果が目に見えて分かりにくいからです。日本人はサービスに対して課金するという発想も希薄ですよね。しかし、この予防法務にかけるわずかなコストを惜しんだ結果、後になって取り返しのつかない損害を被ることになります。

M&A、とりわけ株式譲渡契約や事業譲渡契約は、一見すると単なる売買契約のように見えます。しかし、実際には極めて複雑で、専門的な知識が不可欠なのです。プロの弁護士が事前にチェックすることで防げる被害は非常に多い。M&Aトラブルのご相談を受けるたびに、「契約前に相談してくれればよかったのに」と思わざるを得ません。特に、M&A詐欺の場合には、振り込め詐欺と同じぐらいのレベルで、一見しておかしいと分かることも多いのです。

M&A契約を締結する前に、ぜひ一度ご相談ください。 

(弁護士 中川内 峰幸)