【M&A】買主が経営者保証の解除手続きをしてくれない問題

先の朝日新聞の報道(「M&A仲介の罠 まやかしの事業承継」/藤田知也記者)でも見られるように、悪質な業者がM&A取引の買主となった場合、当初の約束とは異なり、M&Aのクロージング後になっても、売主の経営者保証(個人保証)を解除する手続きをしてくれないというケースがあります。

中小企業が金融機関から借入を行う場合、その代表者が会社の連帯保証人となり、あるいは代表者名義の資産(不動産等)に抵当権が設定されることが一般的です。そしてその後、M&Aで対象会社を売却するに際し、売主(代表者)としてみれば、株式を手放し、対象企業の経営から離脱したわけですから、経営者保証も当然買主側に承継してもらわなければ困るわけであり、当然、そのような前提でM&Aの交渉は進んでいたはずです。通常、株式譲渡契約書の中にも、「買主は、クロージング日後〇か月後以内に、売主の別紙金融機関からの借入につき経営者保証(個人保証)の解除の手続きをする」旨の条項が入れられているはずですが、これを無視して、一向に買主が金融機関との交渉手続きを行わないという問題です。

そのままでは、万が一、対象会社の経営が傾き、かかる金融機関への返済が焦げ付いた場合、売主の個人資産が差し押さえられるおそれが生じますし、また、いつまでもそのおそれを抱いたまま不安定な立ち位置に置かれること自体が、売主にとっては耐えられぬ状況でしょう。

いっそのこと、株式譲渡契約自体を解除して、取引を白紙の状態に戻してしまいましょうか? いいえ、通常、株式譲渡契約の中には、クロージング後の解除を制限する旨の条項が規定されているはずです。かつ、錯誤の主張も制限されていることがほとんどでしょう。したがって、契約の解除はなかなか困難です。表明保証違反や誓約違反がある場合に売主が採れる手法は、事後的な補償請求や損害賠償請求が原則ということになります。

それでは、買主に対して損害賠償請求ができるでしょうか? いいえ、実際に対象会社の弁済が滞り、これに起因して売主の資産が差し押さえられたり、あるいは破産を余儀なくされたなどといった事情がない限り、未だ損害が発生していないということになり、同時点で売主を訴えることは困難でしょう。買主が契約どおりの作為を行わないことにより補償請求あるいは損害賠償請求できるものは、せいぜい慰謝料程度ということになってしまうと考えられます。また、現に買主に損害が発生した後になって満を持して売主に訴訟を提起することができたとしても、損害額全額を回収できるか否かは不透明です。

このように、中小企業のM&Aでは経営者保証をめぐるトラブルが多いところ、これを事後的に解決するのはなかなかに困難であるといった実態があります。

どうすればいいのでしょうか。

株式譲渡契約書に、経営者保証の解除に関する条項を明記することは当然ですが、上に見たように、これは通常そのような契約内容となっており、それでもなおトラブルが発生するからこそ問題となっているわけです。

経営者保証の解除・変更の手続きは、売主が単独でできるわけではなく、買主の協力が必要となりますし、当然のことながら、相手方(債権者:金融機関)のあることですので、必ずこれが首尾よく成功するとは限りません。また、譲渡後にならないと実際の変更手続きができないといった事情もあります。ですので、同問題が残存したままで契約をクロージングして、後は買主の良心に任せるといった危険な態様で取引がなされているケースがあり、問題となるのです。

きちんとするのであれば、クロージング時に、金融機関も交えて、譲渡代金の決済と株主名簿の書き換えをする際に、経営者保証の借入につき一旦買主が金融機関に全額返済を行い、売主を保証債務から解放し、併せて新規の借入を買主の個人保証のもと受けるといった手続きを同時に行うということが考えられます。

あるいは、エスクロー・アレンジメントを利用し、上記経営者保証の解除を条件として、譲渡価額の残額を支払うという内容の契約を盛り込むことも考えられます。もっとも、この場合、エスクロー・エージェントに対する報酬が発生しますので、これを当事者間でどのように分担するかという協議も必要となります。

とすると、エスクローなど用いずに、端的に譲渡価額の一部後払い(支払いの一部留保)という手法を採った方がよいかもしれません。この場合、買主との間では、一部留保の額のみならず、利息の点についても協議が必要となる場合があるでしょう。一部後払いは、売主から買主に対する信用供与の側面があるからです。

なお、時々、「クロージングまではメインバンクにM&Aの話はしないようにとM&A仲介業者に言われていたことから金融機関に相談できなかった」との話を耳にしますが、その時点で当該M&A業者があやしいと気づく必要があります。取引自体が信用できないと思われたら、勇気ある撤退を視野に入れるべきです。

経営者個人保証が外れるかどうかは、売主にとって極めて重要な事項です。買主の資産状況も金融機関に伝えぬままに、ただ「責任をもって必ず解除するから安心して」という買主又はM&A仲介業者の言葉を信用するのは、危険以外の何物でもありません。

売主としては、初めてのことで何もわからぬままに手続きが進行してしまって後戻りできなかったということかもしれません。しかし、一生に一度のことであるだけに、当事者意識をもって取引に臨む必要があります。長年に渡り大切に育てた我が子のような会社の最後がこのような形に終わってしまっては、悔やんでも悔やみきれないでしょう。

以上検討しましたように、中小企業のM&Aにおける経営者保証をめぐるトラブルは少なくありませんし、また、事後的な救済はなかなか困難な問題です。しかし、事案によっては何かしらの対処が可能である場合も想定されます。お困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお問い合わせください。ぜひ、詳しいご事情をお聞かせください。

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(弁護士 中川内 峰幸)